『オメガ城の惨劇 SAIKAWA Sohei's Last Case』の英語タイトルに関わる考察について

『オメガ城の惨劇』の英語タイトルは、SAIKAWA Sohei's Last Caseです。

 

このタイトルは明らかにエラリィ・クイーンの、『Xの悲劇』から連なる四部作の最終作である『Drury Lane's Last Case』(『レーン最後の事件』)のオマージュでしょう。

 

しかし、本作の英語タイトルには、それだけにとどまらない意味があるのではという説が、『オメガ城の惨劇』発売当初より囁かれています。

 

この記事は、それらの説について、検証あるいは補足を試みるものです。

 

当然のことながら、『オメガ城の惨劇』のネタバレを含みます。

 

 

 

 

さて、本稿で取り扱う説がこちらです。

 

SAIKAWA Sohei's Last CaseのLastは、「最後」ではなく、「直前の」を意味したものなのではないか?

 

(この説を最初に思いつかれた方がどなたなのか存じ上げないので、ご存じの方がいればご教授ください)

 

lastは、「最後の」という意味を持つ形容詞ですが、他に、「前回の」、「この前の」、「昨〜」、「去〜」というような意味もあります。Genious第五版によれば、これは、「現在に一番近い」というのが本義とのことです。この説は、lastのこの二つ目の意味に注目した考察というわけです。

 

 

ここから広がった詳細な考察はまだあまり見かけませんが、『ωの悲劇』などにおいて、『オメガ城の惨劇』の事件が「前の事件」として言及される可能性*1や、『オメガ城の惨劇』の舞台となった年代が2020年代ごろであると思われることから、発売年の前年が物語の舞台なのではないかといった説に派生しています。

 

 

この説を最初に聞いた時、面白い説だとは思ったものの、このような用法で使われるLastが、「直前の」という意味になりうるのか疑問に思ったので、手放しでは賛成できませんでした。

 

違和感があった理由は、二つあります。

 

1つ目は、私が知る限りでは、「直前の」という意味のlastは、後ろに時を表す名詞が来ることが多いからです。

 

last week  先週

last Friday night 前の金曜の夜

last time 前回

 

とはいえ、the last meetingで前回の会議という意味になるので、この根拠は薄弱です。

 

 

2つ目は、所有格(日本語で言う、「○○の」)がついていれば、「最後の」という意味になるのが普通では、と思えたからです。Genious 英和辞典第五版では、先にあげた二つの意味に加え、「[通例 the/one’s ~] 決定的な; 究極的な, 最終的な; 臨終の; 極端な」という意味が載っています。他の意味では所有格が一緒に使われている例はありませんでした。

 

 

しかし、これも明確に否定する根拠とは言えないでしょう。

 

非ネイティブの感覚は間違っている可能性が十分以上にあります。

 

 

そこで、HiNativeというアプリを用いて、このlastの用法について、アメリカ人4人に質問を行いました。本記事では、ネイティブの回答を意訳したものを載せています。元の英文を知りたい方は、脚注をご覧になるか、私のHiNativeのアカウント(@redgreenblackwhite)を参照してください。

 

 

「last」という単語の使い方について質問があります。「the last meeting以来会っていなかったね」と言えば、このthe last meeting は、「the previous meeting(前回の会議)」と同じ意味になりますね?
どのような時に、lastは、「前回の」という意味で使えるのでしょうか?
例えば、『Drury Lane's Last Case』という小説があるのですが、このLastが「前回の」という意味で使われていたとして、それは適切な用法になるのでしょうか?
同じ名詞にDrury Lane’s(ドルリィ・レーンの)という所有格がついている時に、lastが「前回の」という意味を持つことはありますか?*2

 

 

 

一人目

 

最初にlateとlastを混同した回答*3をされたので、質問の例についてはどうかと再度聞いた結果、次のような回答を得ました(元の英文は、脚注を参照してください)。

 

この文脈では、どちらも正しいと思います。lastでも、「前回の」事件のことを表すことができます。もしも論文を書くつもりなら、previousの方が、少しだけフォーマルに聞こえます。*4

 

あら、風向きが怪しいぞ…。

まあ、まだ一人目です。残りの人の答えを見てみましょう。

 

 

二人目

 

はい、できますよ。例えば、「ドルリィ・レーンのlast case の時は、まだ心の準備ができてなかったけど、今回はもうできてるよ」は正しい文章ですが、lastが「前回の」を意味していますよね。
ただ、文脈次第です。私なら、「前回の」という意味でlast をタイトルに入れることはしないです。タイトルはそれ自体で独立しているのに、「前回の」という意味のlastは相対的なものだからです。このlastは、話している時間が分からなければ、いつのことなのかがはっきりしません。タイトルでは話している時間が分かりませんし、文脈もありません。
つまり、所有格と一緒に「前の」を意味するlastを使うことはできますが、文脈が提示されていなくてはなりません。*5

 

 

 

二人目にも私の感覚は間違っていると言われました。タイトルのlastに「前回の」だとか「前の」という意味を持たせることはしないという意見はなかなかわかりやすいですね。ただし、私たちが考えている『オメガ城の惨劇』はミステリィです。そこをあえてずらすくらいのことは十分ありそうです。『すべてがFになる 』の方がよほど意味不明ですから。

 

 

 

三人目

 

英語では、「last」は普通、直近または最後の出来事を指すために使用されます。例えば、「We haven't met since the last meeting」と言うと、直近の会議以来会っていないことを意味します。
ただし、特に文脈が明確な場合、「last」は同じ名詞を指す際に「前の」という意味で使用されることもあります。あなたの例では、「Drury Lane's Last Case」のように、「last」の使用はDrury Laneの最後の事件であることを示唆しています。もしこの本がDrury Laneの前の事件についてのものであれば、「Drury Lane's Previous Case」と言う方がより正確かもしれません。しかし、文脈から現在の事件の直前の事件を指していることが簡単にわかるなら、このような文脈では「last」の使用も許容されるかもしれません。
したがって、文脈が明確である場合、所有格が同じ名詞を修飾していても、「last」は「直前の」を意味するために使用できます。ただし、混乱を避けるために注意深く使用することをお勧めします。*6

 

 

 

やはり、文脈によるという意見でした。しかし逆に言うと、これは文法的には正しい用法であるということでしょう。

 

 

 

 

四人目

 

 

文章の中のフレーズであれば、「Drury Lane’s last case」は、彼の前の事件のことを表すことができますが、これは本のタイトルということですから、明らかに意図された意味は、「最後の事件」ということになるでしょう。タイトルというのは、読者が最初にその本について得る情報ですし、それゆえに、それより「前の事件」を参照することはありません。ですから「直前」という意味でlastを本のタイトルに使うのはおかしいです。*7

 

 

やはり文章の中では、ネイティブにとって違和感がないようです。タイトルとしてはおかしいと言っていますが、この方の考えは、シリーズものの小説や、ミステリィについては当てはまるとは限らないように思えます。

 

二人目と四人目には、さらに「last」が単体で「去年」を意味することがあるか聞いてみましたが、どちらも、強く否定していました。

 

その出来事が一年に一回おこると推測するような理由がない限り、それはないですね。last単体では、年についての意味はありません。*8
いいえ、「last year」と言わないとダメです。単にlastだけだと、「去年」という意味にはなりません。*9

 

 

去年という意味でしたら、last yearまで書かなくてはならないようなので、『オメガ城の惨劇』が、発売された年の前年に起きたとする説は、英文法的には無理があるようです。

 

 

さて以上の四人の意見を無理やりまとめて仕舞えば、ネイティブとしては、

 

SAIKAWA Sohei's Last Case は、「サイカワ・ソウヘイの前回の事件」という意味を持ちうる。ただし、「去年の事件」とするのは無理がある。

 

また、小説のタイトルなら、文脈がわからないため、普通は「最後の事件」という意味で捉える。

 

ということになるでしょう。しかし、『オメガ城の惨劇』にいたるまで森ミスを読み込んできた私たちには、文脈は無尽蔵にあるわけですから、「サイカワ・ソウヘイの前回の事件」説を元に妄想を膨らませることは、英文法的には何ら問題がなさそうですね。

「前回の事件」だとして、結局それはどういうことなのかについては、まだまだ考える余地がありますし、皆さんの意見をお聞きしたいです。

 

 

以上で「前回の事件」説についての検証、補足を終わります。

 

 

やはり非ネイティブの感覚など当てになりませんね。

それでは中1の英文法から勉強し直してくるので、さようなら。

 

 

 

おまけ

 

「最後の文字」説

 

SAIKAWA Sohei’s Last CaseのCase が文字を意味しており、サイカワ・ソウヘイの最後の文字(つまり、「平」のことです。言わずもがな、どこかの誰かと同じなのでした)を意味する副題なのではないかという説があります。この説が正しければ、副題が最後の展開の伏線だということになります。非常にユニークで面白い説だと思います。

こちらも提唱者がわからないのでご存じの方がいれば、教えていただけると幸いです。

 

case が文字を表すとする根拠については、upper case が大文字、小文字が、lower case と書かれるからというものになります。これはそもそも、昔、活版印刷の時代に、大文字の活字を上のケース、小文字の活字を下のケースに入れていたことに由来するそうです。

 

upperやlowerなしのcase単体で「文字」を意味することがあるのか、ネイティブ一人に質問してみました。

 

 

 

Case 単体で、「文字」を表すことはありますか?

例えば、「Maryの最後のcaseはyだ」という文章は正しいのですか?

 

絶対ないです。そのフレーズが使えるのは、限られた文脈に限られていて、「Maryの最後のcaseはyだ」という文は意味が伝わらないでしょう。*10

 

とのことです。

 

 

英和辞典をいくつか引いても「文字」という意味は載っていなかったので、英文法や語法の観点から見ると、こちらの説の方は無理があるのかもしれません。しかし森先生の洒落は、必ずしも広く受け入れられた表現にこだわっているわけではないですから、これだけで完全に否定することはできません。

 

 

tsubameisflyinglow.hatenablog.com

*1:これ言ってるの私だけかも?

*2:I have a question about the usage of “last.”If you say, “We haven’t met since the last meeting,” this would mean you haven’t met since “the previous meeting,” right?When can you use “last” meaning “previous?”For instance, there is a book called “Drury Lane’s Last Case” which is about the final case of Drury Lane.If this book were about Drury Lane’s previous case, would the usage of “last” be appropriate?In other words, can you use “last” meaning “previous” when a possessive modifier refers to the same noun?

*3:

I was late this morning

late doesnt mean the previous morning. It means they were late that day in the morning. Plus if you replaced late with previous it wouldnt be worded right. THIS is the context clue this is sort of saying that it was today.

The previous morning i was late.

Both are in the sentence and the sentence is correct. Was is the past tense. With this sentence previous doesnt usually mean like a week ago. It means the day before. 

*4:In the context the Drury Lane’s case. They both would be correct. Last would be referring to his “previous” case as well. If you’re looking to write a paper previous does sound a bit more formal.

*5:yes, you can. for example I could say "I wasn't ready for Drury Lanes last case, but this time I will be ready". it all depends on context though. I wouldn't use last meaning previous in a title because titles stand alone and last meaning previous is relative. it only provides clarification in reference to the time of speaking. a title can't reference time of speaking and lacks context. So, you can use last to mean previous with a possessive modifier, but only do so when providing context.

*6:In English, "last" is commonly used to refer to the most recent or final occurrence. When you say, "We haven't met since the last meeting," it means you haven't met since the most recent meeting.

However, "last" can also be used in the sense of "previous" when it refers to the same noun, especially in contexts where it's clear from the context what is meant. In your example, "Drury Lane's Last Case," the use of "last" suggests it's the final case of Drury Lane. If the book were about Drury Lane's previous case, it might be more precise to say "Drury Lane's Previous Case," but using "last" in this context could still be acceptable ifif it's understood that it refers to the case immediately before the current one.
So, in cases where context makes it clear, "last" can be used to mean "previous" when the possessive modifier refers to the same noun, but it's advisable to use it carefully to avoid any potential confusion.

*7:​In a sentence, the phrase "Drury Lane's last case" could refer to their previous case, but the fact that it's the title of a book is a pretty clear indication that "final" is the meaning that's intended. It would be strange to use the "previous" meaning in a title this way, since a book's title is the first information a reader has about the book, so there are no earlier events to refer back to.

*8:Not unless there's some reason to assume that they only have one case a year, no. There's nothing about the word "last" by itself that implies a year.

*9:no, you would have to say last year. just last wouldn't mean last year 

*10:absolutely not. That phrase is limited to this specific context, as you can see from the article. You need to say “the last letter of Mary is y” - case does not make sense there